コロナ狂騒の煽り食らうや、海外遠征予定は全滅の憂き目に遭い、然れば徒然なる儘に始動、毎週2作品ずつアップせんと宣言せし「Kawabata Makoto official Bandcamp」此処まで新旧87タイトルを順調にリリース、愈々100タイトルも視界に入れば、御陰様にてぼちぼちな手応え、御試聴、御購入下さりし皆様、どうも有り難う御座います。
扨、今週の「Weekly Kawabata」若しくは「週刊 スピードグル」は、米音楽配信/販売プラットフォームBandcampが、コロナ狂騒の煽り食らいしミュージシャン達の窮状救うべく、売り上げ100%還元下さる恒例「Bandcamp Friday」なれば、此処は目敏く、マゾ君や須原君と結成せしAMT愚連隊ことAcid Maso Temple唯一の録音作品をリマスターせし「Sky Avalon (2011)」、私の初期作品にして完全無欠な発信ドローン「4 Tunes (1981)」、Mainliner結成前夜に録音されしZeroniths名義に由る未発表セッション音源「First Psychedelic Visions(1994)」、1984年から92年まで率いしジャパネスクプログレバンドえろちか、解散直前にリリースせし通販限定ライヴカセットをリマスター復刻「えろちか 雷舞1991(1991)」、以上4作品を一挙公開せり。
2006年某日、果たして如何な経緯か既に失念すれど、AMT宗家オリジナルメンバーにして「ギューンカセット」社長たる須原君、当時は未だノイズわかめのドラマーたりしか脱退されし直後かも定かならねど、豪快に男前な演奏披露される美女ドラマー阪本愛子嬢と、トリオにて何やら活動始めれば、翌年マゾ君も合流、斯くしてAcid Maso Temple結成へ至りし。残されし音源は今回復刻デジタルリリースせし3曲のみにして、是等は2011年に米White Noiseより、西海岸を拠点にするサイケバンドKill Kill Killとのsplit LPにて限定200枚リリースされれど、郵便事故にてレコード箱が行方不明となれば、結局当方へ殆ど入荷叶わず、御詫び代わりにと私家盤CDRにて復刻されしが届けられし逸話あり。
而して此の度そのAcid Maso Templeのレア音源を、改めて「Sky Avalon」としてデジタルリリースすれば、ジャケットも刷新させて頂きし次第、悪しからず。轟音ガレージサイケ的アプローチは、AMT宗家結成当初、須原君と目指せしベクトルの一つにして、マゾ君の絶叫と宇宙電子音も相俟るや、遂に此処に結実せり。
Zeronithsなる名義にてリリースせし「First Psychedelic Visions」とは、未発表蔵出し音源にして、ジャズドラマー小泉一ことはじめちゃんと何かしら企まんとすれば、先ずは2人して録音、後日ベーシストJayが加わりオーバーダブすれど、結局このプロジェクトはこの録音のみにて空中分解、その直後、南條さんよりMainliner前身たるHigh Rise2結成に誘われし際、はじめちゃんを紹介すれば、結果Mainliner結成へと至りし次第。Mainlinerに於いては、御周知の通りメガ爆音にての演奏を旨とすれば、ジャズドラマーたりしはじめちゃんの演奏は明らかに音量不足にして、南條さんより「渾身の力で叩いて下さい」と諭されるや、稀代の超真面目馬鹿正直者なるはじめちゃん、いきなり白目剥き凄まじい音量を以て乱打されれば、発狂ドラマー小泉一此処に爆誕せり。数多の凶悪ドラマー抱えしAMT史上、最強にして最凶と今以て語り継がれるは、他ならぬはじめちゃん其の人にして、何せ某即興セッションライヴにて、はじめちゃんのドラムセットの傍らにてギター弾けば、スネア一撃にて右の鼓膜破られし経緯さえあればこそ。斯様な発狂ドラマー誕生前夜、未だジャジーなスタイルにてロックへ挑戦されし、はじめちゃんの初々しき演奏も堪能し得る、変拍子ハードサイケチューンなり。
1984年結成、1992年解散せしえろちかは、私が音楽活動開始当初以来なる、幸か不幸か「誰にも理解されぬ音楽」その不遇にして理不尽ぶりに嫌気がさし、一層大衆音楽へ接近せんと結成、先天的要素たる日本古来の旋律に、後天的要素たる西洋音楽のリズムを融合を旨とすれば、メンバーチェンジに応じ音楽性も変遷重ねれど、活動晩年たる88年頃より、私の趣味性開花すれば全く以て時代錯誤も甚だしく一気にプログレ化、解散前夜たりし91年には音楽的にも円熟期を迎えれど、主要メンバー脱退に際し活動休止、然れば活動再開への布石とすべくライヴカセットブック「Live '91」を通販のみにてセルフリリース、然れど結局活動再開果たせぬ儘、人知れず自然消滅的に解散へ至りし。
然れば今回、そのライヴカセットブックの音源を「えろちか 雷舞1991」と改題し、デジタルリリースにて復刻せり。因みに2017年にセルフリリースせし冊子付きCD「復らざる時の歌 - Live 1991」と内容異なれば、念の為。
ふと気付けばこのライヴから既に30年が経過、いやはや歳月の経過の速さに驚くと共に、その30年間に果たして自分は何を為せしか、振り返るも悍ましくして、嗚呼、人生とは斯くも無駄に不毛に過ぎ行くのみと知れ。
せめて30年前の動画なんぞ貼り付け、御茶を濁さん。
Youtubeにて「イカ天」出演時の動画発見、いやはや是は若気の至りとは云え恥ずかし過ぎにて、世が世ならば蟄居閉門切腹必至、己れの厚顔無恥ぶりに若き自分へ殺意さえ抱けど、公共の電波に乗れば斯様に残さるるも当然か。
因みにこの時の「完走版」は「イカ天[完全]完走版 1990 2」に収録されれど、番組内にてワイプ退場せられし我々が、何故完走成さねど「イカ天[完全]完走版」ビデオに収録されしか。
この経緯は、正にテレビ業界の裏事情にして、最早是も時効たらんと思えば、そもそも番組出演決定せし時点に於いて、勝ち抜く事は内定済みどころか、当時イカ天出身色物バンドとして人気誇りしカブキロックスと、所謂「和モノ対決」として、イカ天主催浅草某座にての2マンライヴさえも水面下にて進行すれど、本番に於いて均かのワイプ退場、イカ天番組制作サイドが描きしその後のシナリオも、赤井のパンチならぬポチッ一発にて敢え無く全て水泡に帰せば、せめてもの御詫びの印として、この「イカ天[完全]完走版」ビデオに収録下さりし次第。出演直後のライヴ@名古屋クラブクアトロに於いては、同曲「秀松おしの」を「イカ天ワイプバージョン」にて演奏せしも御愛嬌。然れどイカ天バンドと称されし多くが、イカ天ブーム終焉と共に消え行けば、あの時ワイプボタン押して下さりし赤井に、大いに感謝して余りあるか。果たしてあの時無事完走果たせば、今は間違いなく全く異なる現在を迎えし筈なればこそ。
思い返せば、嘗てナゴムレコードのコンピレーション「おまつり3」に1曲「昼下がりのお秘め事」収録されし直後も、隆盛極めるインディーズブームの異常さ異様さに戦れ慄き、レーベルオーナーケラ氏より招聘頂きしレコ発ライヴ@新宿Loftに於いて、エンディングにて楽器破壊&ナゴムギャルにて埋め尽くされる客席へダイヴ敢行なんぞと、ナゴムイベントに相応しからざりし大乱行、然れば其の後もナゴムレコードのみならず世のインディーズブームとも隔絶図り、メンバー総入れ替えを以て、愈々プログレ化の道を歩み始めし次第。
然れば人生の岐路とは、往々にして思いがけぬ出来事に端を発せば、思いがけぬ方向へ進まんとするものかな。
1970年代末より音楽活動開始せし私が、その当時率いしグループBaroque Bordelloは、そもそも音楽とは何か理解する以前に音楽制作を開始、その音楽性は初期衝動の塊に他ならず、演奏技術どころかセンスさえ皆無なれど、制作衝動のみに突き動かされ数多の作品を制作、然れど凡そリリースとは正に名ばかりたる、僅か数本を上限とせしリリース活動に、作品制作衝動とその不人気ぶりの反比例具合顕著なれば、一層その音楽性は迷走彷徨に至りしも当然なれど、片や単身ソロ作品も制作すれば、こちらは完全に己れの趣味に走れば、その初期より良くも悪くもブレる事なく、一貫し只管ドローンの追求に精出せり。今回デジタルリリースにて復刻せし「4 Tunes」も亦然り。
80年代初頭とは所謂サイケデリック再評価の兆しが漸く見え始めれど、僅かな情報を頼りに、様々な音楽を求め聴き漁りつつ、何処へ向かうべきかも判らぬ儘、 初期衝動に任せ、闇雲に音楽活動せし我々、所詮奈良の田舎まで斯様な兆しが伝わる筈もなく、然りとて世に流行るパンク/ニューウェイブと総称されし新たな音楽の潮流への興味は、その初期衝動のみに限定されれば、我々の音楽的関心や興味は、自ずから時代を遡り始め、そもそも60年代末から70年代初頭に誕生せしハードロック/プレグレッシヴロックを以てロックに覚醒すれば、其れ以前たるサイケデリックロックへ至らんとせしは自然の流れ、斯くして当時時代遅れの極み、完全に遺物と化せしワウペダルを捨値にて入手、奇しくもインとアウトを逆さに結線するや発信する事を発見すれば、是を以てこの作品は制作されし次第。正に初期衝動の極みかな。
Bandcampページに於ける「Weekly Kawabata」一応毎週水曜に更新せんと思えば、旧譜のみならず録り下ろし新作も亦、然れば引き続き何卒御贔屓に御願い奉り候。
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